アーバンデザインチーム

昭和四八年の末、長かった工事も終わり、土を埋め戻して、地上部分をもとどおりにする原形復旧が行なわれようとしている情報をキャッチした。三万人ほどの職員をかかえる膨大な組織である横浜市役所では、このような、原形に戻すという工事は軽微な問題で、ほとんどはそのまま行なわれてしまう。とくにこの工事は、原因者である地下鉄工事を担当している、交通局の問題であり、交通局の予算で行なわれる。交通局は公営企業会計といって、税金で賄われる一般会計とは異なり、大きな点だけをチェックされるだけで、ほとんど交通局が自由に執行できるのである。

こうした状態のなかでも、情報をキャッチできるようになるのは、総合的行政を行なう第一歩であるが、とにかくそこまでは達していた。原形のままに復旧しても、あまり意味がない。そこで原形復旧費を元手にして、もっと歩行者を中心にした、憩いの場になる案をだそうということになった。このためには、単純な原型復旧に比べて、とうぜん若干の時間を要することになる。「三月には予算市会が始まるから、工事が終わっだのになぜ原形復旧をしないのかと責められると困る」というのが、交通局のいい分であった。なにしろここは市議会の真ん前の場所である。

このための会議が招集される。このていどのものでも、交通局はもちろん、道路管理を行なう道路局、緑を植える緑政局、庁舎の前なので庁舎管理を行なっている総務局、その反対側は防災街区造成事業を行なっているから、その担当の都市整備局、地下埋設物に関する下水道局、それに招集者の企画調整局という、六局になる。実際にはこのほか、議員の駐車場に関する市会事務局や、水道局、それに、市以外で県警察、東京電力電電公社などが、すべてからんでくることになる。

一週間のスピードでつくりあげた、アーバンデザインチームの素案が示された。これが五年前なら、議会にいいわけがたたないということで、ずいぶん紛糾したことだろう。しかし、企画調整局の、五年に近い実績がものをいった。なかでもあの高速道路地下化を、強力に実行した印象が強かったろう。そこで二、三ヵ月遅れるていどならということで、実施案をつくってみることになった。

いままでは、自分の局だけの責任を果たしていれば、それですんだ。怖いのは市議会であるが、これも各常任委員会は、局別にタテ割り化しているから、自分の局だけが治まればいいのである。だから、できるだけ他部局に問題を広げないように原形復旧でいいじゃないかということになる。企画調整局のような立場からいわないと、総合的な視点からの案は出てこないのである。