市場メカニズムを超えた存在

日本企業は、この難しい課題への挑戦を余儀なくされようとしている。個々の商品やサービスについての充足度がすでにかなり高水準にある成熟化した日本市場−かといって、海外市場でのシェア拡大にも制約があるという事情−を前にして、企業は今後ますますこうした分野への進出にその活路を見いだすほかはなくなりつつある。

「生活総合産業」としてのシルバー・ビジネスたとえば、急速に進行する高齢化のもとで、企業はいま、いわゆるシルバー・ビジネスあるいは「福祉産業」への進出を図っている。しかし、そもそもシルバー・ビジネスは、公的福祉と関わりながら、さらに地域の生活空間をどう設計するかといった問題にも関連する、まさに「生活総合産業」としての性格を持っている。

いま仮に、ある建築業者が住宅施設業者と協力して、高齢者への気配りに満ちた高齢者仕様の住宅を開発し、これを建てたとしよう。しかし、ただちにそれが高齢者の使用に付されるかといえば、そこにはさらにいくつかの条件が必要になる。たとえば、その地域にはホームヘルパー訪問介護のシステムがあるか、ショートステイデイケア施設があるか、緊急時に備えた病院との連携システムはあるか、予防保健・リハビリを含む医療サービスがなされているか、などが問題になるし、さらには高齢者の住宅取得への自治体からの援助や、高齢者を受け入れやすい地域コミュニティの存在なども必要になる。こうしたトータルな「生活の場」の創出ということがあって、「高齢者仕様の住宅供給」ということも生きでくるのである。

もちろん、たとえばかつて自動車産業が出現するさいにも、幅広い関連産業や政策的な支援が必要であった。たんに自動車そのもののモノづくりに関連する産業だけでなく、石油の安定的な輸入とその供給体制の確立、また国家をあげての道路交通網の整備といったことが必要であった。

しかし、こうした「自動車産業の創出」と、現在求められている「シルバー産業の創出」との間には決定的なちがいがある。それは、前者の場合には自動車とそれに関わる商品やサービスを供給する企業、それを利用する消費者、そしてその環境を整備する行政という三つの主体の関わりによって産業の創出がなされたのに対し、後者の場合には新たにもうひとつの「主役」が必要になるという点である。それは、「高齢者福祉」を支えるボランティアを中心とした民間の「非営利組織」(NPO)である。市場メカニズムを超えた存在を前提にしなければ、「産業」が存立しえないというところに、きわめて現代的な特色があるといえる。