これは大きなパラダイムの転換である

自身の思い出話で恐縮ではあるが、2004年の秋頃の話をしよう。当時大学生で就職活動を始めたばかりだった私は、元大手出版社の人事部長をしていて、今は大学教授をする先生から、「最近は新卒でも即戦力が求められている」という話を聞いた。私はそのとき、「新卒に求められる即戦力とはなんですか?資格でしょうか」と聞いたのだが、教授は「違う」と言ってこう答えた。「新卒で即戦力になる奴というのは、現場にホーンと放り込まれたときに勝手に成長する奴のことだ。『今、自分は何をすべきなんだろう』『これってなんだろう?』『どうすれば上手くいくんだろう』と自発的に考えて、分からなければ聞いて、調べて、行動して、失敗して勝手に学んで成長してくれる。

そういう、教育コストが不要で、自発的に成長していく人材がいわゆる『新卒で即戦力』になる奴だ」と。その話を裏付けるようなデータがある。2010年に楽天リサーチが全国の人事担当者に新卒学生に求めるものをアンケートしたところ、トップ3は「主体性」(62・1%)「実行力」(46・4%)「柔軟性」(40・9%)だった。結果を受け、楽天リサーチは、「新卒新人に対しても、より即戦力として、自ら行動し実現する力を期待しているようだ」と分析している。それにしても、なぜ企業は業務経験も専門知識も持だない新卒にたいしてまでも即戦力を求めるようになったのだろうか。就職コミュニティサイトを運営し、学生の就職支援、企業の採用支援を行う株式会社ジョブウェブ代表取締役社長の佐藤孝治氏は、ここ十数年の間に変質した企業にその原因があると分析している。

これまで日本経済の成長期には、(よい悪いは別として)企業が社会における人材育成の中心になってきた。仕事経験のない人材をまずは企業の内部に長期的に抱え込み、自分の手で育てていくというやり方で将来的な人材を確保するという戦略を企業はとってきた。見方を変えて言えば、日本社会としても、大学としても、両親としても、とにかく会社に入れてお任せしてしまえば、なんとか一人前にしてくれると思ってきたのである。

これまでは社会の役に立つ人材を育てる役目を負っていたのは企業だった。その結果、学校は主に教養を身に付ける場として、細かな知識の詰め込みや、大学受験に勝ち抜くための教育が行われた。社会で役立つような知識や技術のノウハウは、学校を卒業して企業で身に付けるものとなっていった。だがその後、なにが起きたのか。しかしこの十五年ほどの間に、企業は人を内部で育てていく力を急速に失っている。企業と個人の関係が「一生の付き合い」を保証しきれなくなっているため、リスク丸抱えでゼロから人を育てることに腰が引けるようになってきている。つまり、できることなら、なるべく高いレベルまで自力で育ってきてくれた人を採りたいと思うようになってきたのである。これが最近企業のよく言う「人材の即戦力性」である。

つまり企業は、「即戦力になるための教育は、もう企業では(できることなら)やりません。入社前に自分たちで済ませてきてください。そういう能力を持っている人を優先的に採用しますよ」と言っているのだ。企業は「戦力」を育てるための教育機能を内部に持つ余裕がなくなってきている。だから、入社試験を受けに来る前に自分でなんとかしてくださいと言っているわけだ。今までは社会(家庭、本人、大学)全体が、人を育てる役割を企業に丸投げしてきた。だから社会にその機能が備わっていない。そういう状態のまま、企業から「私はもう教育できません。皆さんのほうでお願いします」とバトンを渡されてしまったというのが現在の状態だ。今の学生はその両者の隙間のエアポケットに落ちて、受け取り手がない。