一番濃い時期の汚染大気

八四年から、北極圏に領土をもつ米国、カナダ、ノルウェーデンマークの四力国が共同調査に乗り出し、ようやく全容が分かってきた。スモッグは、幅一六〇キロ、厚さ三〇〇メートルもの帯となって、ときには地上八〇〇〇メートルもの高度に何筋にもなって出現していた。とくに二月から三月にかけてがもっともひどい。

二月の一番濃い時期の汚染大気には、一立方メートル当たり七〇〇マイクログラムニマイクログラムは一〇〇万分の一グラム)もの煤が含まれていた。東京でもっとも人気汚染がひどいときでも、せいぜい三〇○マイクログラム程度だ。その煤からは、ヒ素、鉛、マンガンバナジウムなどの金属およびフロンやクロロホルムなどの有機化合物までが検出された。

このころ、ノルウェーの北三○○キロのスバルバル駱島にある同国の大気調杏研究所(NILU)も、北極圏の大気汚染を捕らえていた。北緯八〇度にあるこの諸島は、水と岩でできた公害とは無縁の島々だ。ここで一立方メートル当たり五マイクログラムの亜硫酸ガスが検出された。雪や水を分析すると、一〇〜二〇ppb(ppbは一〇億分の一)の硫酸や硝酸で汚染されていた。ノルウェー南部の酸性雨の深刻な被害地と同程度の汚れ方である。旅客機の窓がこうした汚染で傷んだことは、明らかだった。

北極は、地球上でもっとも清浄な地と信じられてきた。最寄りの工場地帯からは数千キロは離れている。だが、冬になると北極圏に向かう風に乗って、汚染物質が運ばれてきたことは疑いない。とくに北極の冬は雪がほとんど降らず、汚染大気が洗われないままに長期間滞留することが、スモッグをひどくしている理由らしい。

その発生源をめぐって議論が沸騰している。米航空宇曲局ラングレー研究センターは、汚染大気に含まれるバナジウムに対するマンガンの比が、ソ連中央部のノリルスク銅ニッケル精練所の排煙に近いことを理由に、ソ連を汚染源だとしている。しかし、これだけでは量的にも説明できず、日本も含めて北半球各地から汚染が吹きだまった、と考える研究者も多い。