ナルシズム国家アメリカ

アメリカで大きな反響を巻きおこした『ナルシズムの時代』のクリストファーニフッシュによれば、ナルシズムの文化は、現代病の特徴とされており、「現代文化は依存への恐怖、内的な空虚感、抑えられた怒り、十分に授乳されないためにおこる欲求不満(自愛的不満)などの特徴がみられる」と指摘している。

このラッシュの書籍が出版されたとき、当時のアメリカ合衆国人統領ダミー・カーター夫妻は、ホワイトーハウスに彼を招いて、熱心にこの問題を討議したといわれている。カーターはこの問題につよい熱意を示し、彼はこの会談をもとに、「合衆国の精神的状態」という講演の準備をした。アメリカのに目少年の荒廃しか心理状態を解明する鍵として、カーターはナルシズム論に注目したのである。

この当時からアメリカには、病める社会のいくつもの問題が噴出し始めていた。かつて高度の経済的繁栄を誇っていた時代には、アメリカでは「自に実現論」が横行していたが、低成長になると、それまでの楽観的な自己実現論は影をひそめ、産業界のトップから従業員にまで浸透しかナルシズムが問題とされるようになった。

また、アメリカ人の性行動の面でも、この頃から同性愛者の問題が社会的に人きくとりざたされるようになった。ナルシズムと同性愛との密接な関係については、すでに本方でふれてきたところであるが、十人に一人とかともいわれる同性愛者の高い出現率は、世界一のナルシズム国家アメリカを象徴する現象である。争者はかつて六〇年代のはじめに、米国の田舎町で中学生ぐらいの男の子が街頭で筋骨たくましい男性ヌードの衣紙のついた同人誌を買って行くのを見て驚き、かつ心寒い思いをしたことがある。

こうした米国社会の根本的な問題にナルシズム理論はふれているわけで、かつて一九六〇年代の学生混乱の時代にエリックーエリクソンアイデンティティ論が流行したように、今日のアメリカ社会の病理の解決には、ナルシズム論を深め、これを有効に活用するはかない、と考えられているのである。すなわち、ナルシストを輩出させるナルシズム文化の社会心理こそ、コフートが米国精神分析学協会会長の就任講演で力説したことなのである。

ひるがえって、日本はどこまでナルシズム文化が浸透するのであろうか、ここらで少しぶり返ってみる時期がきたようである。というのは、マスーメディアのp想以卜の発達にともない、現代のナルシズムを助長する要囚はますます増大しているからである。その一つは知名度が社会的威信度の第一の要因になること、第二は、マスーメディアの発達が濃密な人間的接触をかえって稀薄にしていくことで、この二つの要因はナルシズム文化を助長する。そして地すべり的なナルシズム化が独裁者の政治を招き、国民を悲劇に導くことになるのは、ヒトラーに支配されたドイツの例をみるまでもない。