ハイビジョンとは何なのか

テレビが元服してマルチメディアになるというのは、米国でのテレビの成長見通しである。どうやら欧州も同調している。しかし、日本は事情が違う。日本はこのままではテレビはマルチメディアに成長しないようだ。「次世代テレビ」を日本では別の名前で呼んでいる。「ハイビジョン」である。これはデジタルテレビとは系統が異なるものだ。

ハイビジョンは現在のテレビの映像品質を飛躍的に高める高品位テレビである。NHKを中心に日本のテレビメーカーが協力して開発した極めて優れた方式だ。人間の目が左右に配置されている特性を考慮して横長の画面にするなど、さまざまなアイデアも盛り込まれている。実際に番組を見ればその画面のきれいさには感心させられる。NHKをはじめとした技術者たちが三十年以上も暖めてきた夢のテレビである。

ただ、三十年前にはパソコンがなかった。このため、開発陣はテレビがパソコンと融合してマルチメディアへと成長することは見通せなかった。この結果。ハイビジョンは本質的には「MPEGH」を軸にしたデジタル方式とは違う流れで発展してしまった。ハイビジョンは残念ながらそのままではマルチメディアとの相性が悪いのである。

なぜ、こうなったのか。理由はこうではないか。とわたしは考えている。まず、日本にはテレビメーカーはたくさんあるが、パソコンメーカーがないこと。逆に米国にはパソコンメーカーはたくさんあるが、テレビメーカーがないこと。七〇年代から日本のメーカーはカラーテレビを米国に集中豪雨的に輸出し、競争に敗れた米国の家電メーカーは次々にテレビから手を引いた。欧州では保護主義的政策でいくつかの有力メーカーは残ったが、米国は壊滅的な打撃を受けたのである。世界を席巻した日本のテレビ業界は自信に満ち、明日のテレビも自分たちが路線を引く権利があると確信することになった。

しかし、七〇年代に米国はマイクロコンピューターを発明し、これをパソコンという商品に結晶化させた。次々とパソコンのアイデアを提唱し、二十代そこそこの若者たちが競って、ハード、ソフト両分野でベンチャー企業を興した。若い彼らはパソコンの偉大な可能性に興奮し、身の回りの製品をすべてパソコンに関連づけられないか、と創造の翼を広げたのである。特に米国内にはテレビメーカーがなくなっていたから、パソコンの角度からテレビの未来を研究してもだれも文句を言わない。パソコンが発展して行くアイデアの中に自然にテレビは取り込まれたのである。

これに対して日本では本質的にパソコンメーカーはない。確かに組み立てメーカーはあるが、パソコンの周辺を作っているにすぎない。パソコンの心臓部であるマイクロプロセッサーは米国のインテルモトローラなどから購入し、中軸になるOS(基本ソフト)はマイクロソフト社からOEMで供給を受けている。パソコンをどのように発展させるかは、マイクロプロセッサーのメーカーとOSメーカーがアイデアを作るから。日本のパソコンメーカーはテレビを取り込むような未来ビジョンを強くは主張しなかった。そのため日本ではテレビの世界の人を中心に未来を検討し、パソコンとテレビの融合についてはあまり視野に入っていなかったと言わざるを得まい。